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糖尿病治療中断者の実態調査
医歯薬出版 プラクティス 24巻2号(2007年3月号)掲載文

糖尿病治療を中断させないために
中石滋雄 Nakaishi, Shigeo(中石医院 大阪府大阪市)
大橋博 Ohashi, Hiroshi(小山イーストクリニック 栃木県小山市)
栗林伸一 Kuribayashi, Shinichi(三咲内科クリニック 千葉県船橋市)
柴田温三 Shibata, Atsumi(柴田内科 愛知県名古屋市)
大石まり子 Oishi, Mariko(大石内科クリニック 京都府京都市)
土井邦紘 Doi, Kunihiro(土井内科 京都府宇治市)
福田正博 Fukuda, Masahiro(ふくだ内科クリニック 大阪府大阪市)
磯谷治彦 Isotani, Haruhiko(磯谷内科 大阪府枚方市)
杉本英克 Sugimoto, Hidekatsu(杉本クリニック 福岡県福岡市)
山名泰生 Yamana, Haruo(山名眼科医院 福岡県久留米市)

(全国臨床糖尿病医会有志 東から西の順に記載)


はじめに

 糖尿病患者が治療を中断した場合、その予後が不良であることが知られている1)。それを踏まえて、現在進捗しつつある糖尿病に関する戦略的研究課題2(DOIT2)においては、介入に対するアウトカムを治療中断率に設定している2)。しかしながら、治療中断の臨床像に関する詳細についてはほとんど検討されておらず、通院患者の治療中断防止策ならびに治療中断患者の再受診勧奨策を考えるためにも、今後、治療中断に関するさまざまな臨床背景を解明するための研究が必要となるものと思われる。その場合、これらの因子を解析するためには、治療中断者にアンケート調査を実施して前向き研究を行うことが望ましいが、この作業には、社会倫理的な問題点のみならず回収率などの実務的な点においても多大な困難を伴うことが予想されるだけでなく、治療中断者に再受診するよう勧奨する方策を考える資料としてはあまり役立たない可能性がある。そこで、これに代わる現実的な方法として、現在通院している糖尿病患者の過去における治療中断歴を調査する方法が考えられる。この方法は、来院時にアンケート調査を実施することができるため、高い回収率を期待することができるだけでなく、治療中断ならびに再受診に関わる臨床的側面を解析することによって有効な治療中断防止策のみならず再受診勧奨策を考える上でも極めて有用であると考えられる。今回、我々は、この方法を用いて多施設で少数例の患者を対象に糖尿病患者の治療中断に関する予備調査を行った。その目的は、@現在通院している患者の過去における治療中断歴を調査することの実現可能性について検討し、Aそのデータを治療中断防止ならびに再受診勧奨に利用することの妥当性について考える材料とし、B得られた予備調査結果を本格的な調査研究実施の参考にすることである。その結果を報告し、考察を加える。


対象
 関東・中部・近畿・九州地方に位置する糖尿病患者数400-1000人の9医療機関において、平成17年9月から10月までの任意の1週間に来院した10名の糖尿病患者を不作為に抽出した。


方法
糖尿病の治療中断に関し、アンケート調査を行った。内容は、年齢・性別・職業・来院時間・喫煙・飲酒・通院時間・通院の困難さ・初診医療機関の種別・治療中断の有無・その回数・時期・期間・理由・治療法・再来院の理由などで、記入方法は、外来受診時に患者自らが記入するか、あるいは、診療所スタッフが質問介助して行った。患者の回答終了後、スタッフが診療録から、罹病期間・初診時HbA1c・合併症等に関して記入した。
原則的に選択式を用いた。中断理由などについては複数回答とし、ワークシート集計においては設問ごとにはいを1、いいえを0とした。結果を実施医療機関が表計算ソフトウエアのワークシートに集計し、これらをさらに筆者がワークシートに集計して解析した。今回の検討は調査方法の検証と、結果の傾向を予測することが目的であるため有意差検定は行っていない。また、質問者側から治療中断の定義は行わず、回答者の判断に従った。


成績

 
1. アンケートの回収率は100%(90名 うち無効回答1名)、1件の回答所要時間は約7分であった。
2. 患者背景
(ア) 有効回答者総数は89名で、うち男性31名、女性58名であった。
(イ) 調査時の年齢は60才代が32名(36%)と最も多く、70才代が19名(21%)、50才代が22名(25%)と、50-80才を中心に分布し、50才未満が14名(16%)、80才以上が2名(2%)であった。
2. 治療中断率
(ア) 過去における治療中断率は26%(90名中23名 女性1名無回答)であった。(図1)
(イ) 女性の治療中断率は20%(30名中6名)、男性は29%(59名中17名)であった。
(ウ) 治療中断率の調査時年齢別では、80才以上が50%(2名中1名)70才〜79才が16%(19名中3名)60〜69才が22%(32名中7名)50〜59才が38%(22名中6名)40〜49才が38%(8名中3名)30〜39才が50%(4名中2名)30才未満が50%(2名中1名)であった。
(エ) 最初に治療を中断した時期は、初診から6ヶ月以内が8名(35%)、6〜12ヶ月が8名(35%)、12ヶ月以上が7名(30%)で3分された。(図2)
(オ) 治療を中断した回数は、1回が8名(35%)、2回が7名(30%)、3回以上が8名(35%)で3分された。(図3)
(カ) 最初に治療を中断した期間は6ヶ月以内が10名(43%)、6〜12ヶ月が3名(13%)、12ヶ月以上が10名(43%)であった。(図4)
3. 治療中断時の職業については、サラリーマンと専門職が合計で12名(52%)であった。サラリーマンと専門職の合計は非中断群の調査時26%、中断群の調査時35%より高かった。
4. 通院所要時間については、中断群の治療中断時、中断群の調査時、非中断群の調査時において差がなかった。しかしながら、“診療時間に合わせて通院するのに無理があったか?”との質問に対し、“無理があった。”と答えた者の割合は中断群の治療中断時14名(61%)であり、中断群の調査時8名(35%)、非中断群の調査時30%より高かった。
5. 治療中断時の治療法は、薬剤を用いない治療が13名、内服薬治療が7名、インスリン治療が3名であった。
6. 治療を中断した理由(複数回答)は、23名中、仕事が忙しくて通院できなかったが9名(39%)、自覚症状がないため通院する気持ちになれなかったが7名(30%)、一度通院が途切れたときに次に受診しづらくなったが7名(30%)、待ち時間が長かったが6名(26%)などであった。(図5)
7. 再受診した契機(複数回答)は、23名中、自分で再び治療が必要だと思ったが10名(43%)、糖尿病の症状が現れたが8名(35%)、他の疾患で通院していた医療機関から受診をすすめられたが6名(26%)、健康診断で指摘されたが6名(26%)、家族に受診をすすめられた5名(22%)、以前糖尿病で通院していた医療機関から受診を促されたが5名(22%)であった。(図6)
8. 現在の医療機関を初診したときのHbA1cを比較してみると、中断群の74%が8%以上とコントロール不良であったが、非中断群では35%であった。


考察

 今回の調査では、ほとんどすべての対象者から有効な回答を得られ、また、アンケート調査に要する時間もほとんどの回答者で10分以内であった。多数の患者を対象に実施することにもおおむね問題ないものと思われた。
また、今回の調査において、過去に糖尿病治療を中断した経験のあるものは89名中23名(26%)であった。以前の報告でも、糖尿病患者の治療中断率は20-40%と報告されており、おおむねこれに一致した数字と考えられる3)。平成14年の厚生労働省による糖尿病実態調査において、医師から糖尿病といわれた者のうち通院中のものが42.3%、治療を中断したものが12.3%と報告された4)。今回の結果をそのまま糖尿病実態調査に当てはめてみると、現在通院中の糖尿病患者のうち過去に治療中断歴をもつものは糖尿病患者全体の11.4%(42.3%のうちの27%)となる。これは糖尿病実態調査において、治療を中断したもの(調査時に治療をうけていないもの)の12.7%とほぼ同等であり、この比率からみても、現在通院しており過去に治療を中断したことのある患者群は、非常に特殊な群ではなく、この群を対象に研究を行うことは十分に妥当性のあることであると考えられた。
今回の検討は、糖尿病治療中断に関する大規模研究の予備調査の位置付けで行ったものであり、この予備研究を通じていくつかの知見が得られた。それは、
1. 男性・若年者の治療中断率が高い傾向にあった。
2. 職業と治療中断率の関連は以前より経験的に知られていたが、予想どおり、サラリーマンや専門職の治療中断率が高い傾向にあった。しかしながら、その検証には若干困難な点があった。それは、中断群の治療中断時の職業を非中断群と比較する場合、非中断群にはこれにあたるものがないことであった。
3. 時期・期間・回数に治療中断は必ずしも一様ではなかった。すなわち、早期中断・後期中断、短期中断・長期中断と呼ぶべき群が存在し、また、中断リピーターと呼ぶべき(再受診リピーターとも言える)治療中断を繰り返す群が存在することが明らかとなった。
4. 生活時間と診療時間のミスマッチが治療中断の大きな理由であることは予想通りの結果であった。一方、通院時間そのものは治療中断と必ずしも関係ない結果であった。
5. 中断群が現在の医療機関を受診した時にHbA1cが8%以上であったものの比率が74%と、非中断群のそれ35%に比較して著しく高かった。ただし、この評価には注意を要した。すなわち、非中断群には健診などで指摘され受診し、そのまま継続して通院している発症早期の群も多く含まれていると考えられるためHbA1cが低いのは当然であり、治療中断後に再受診した中断群は、発症から期間が経過しておりしかも無治療で放置されていた群であることからHbA1cが高いのは当然であるからである。
以上の点から考えた場合、今後、調査方法に関し、若干の工夫が必要である。まず、職業による治療中断率の差異を検討することは重要なことであるが、非中断群と中断群の比較は初診時の職業で行うのが現実的であろう。その上で、治療中断群においては中断時の職業も尋ねるべきであろう。また、中断群の予後が本当に悪いか否かを検討するためにも、中断群と非中断群の病歴の比較が必要であろう。したがって、発症時期、中断時期などをもう少し詳細に聞き取る必要があるものと思われる。
また、治療中断の定義に関しても検討を要する。DOIT2では治療中断を再診予定日からのち2ヶ月間受診がないことと規定し、また、主治医の関知していない転院は治療中断と扱うことになっている2)。しかしながら、多数の医療機関を選択することのできる大都市部においては、自主転院を治療中断として扱った場合、治療中断率を高く見誤る可能性がある。さらに、治療中断リピーターが一時的に受診しなくなることを本当の治療中断と判断するかどうかについても議論があろう。
今後、有効な治療中断防止策や再受診勧奨策を実施するためにも、治療中断に関する臨床像を明らかにする必要があると思われる。

まとめ
 現在通院している糖尿病患者において過去における治療中断歴に関する調査を行った。治療中断の詳細を検討し、治療中断防止策ならびに再受診勧奨策を考える上でこの方法は有用であると考えられ、この方法による大規模調査を行うべきと考えられた。


参考文献
 
1. 奥平真紀,内潟安子・他:検診と治療中断が糖尿病合併症に及ぼす影響.糖尿病,46:781〜785,2003
2. 国際協力医学振興財団:糖尿病予防のための戦略研究課題2http://www.pimrc.or.jp/diabetes/info2.html
3. 北村信一,本宮哲也:食事療法からのdrop out.プラクティス,10:406〜410,1993
4. 厚生労働省:糖尿病実態調査(平成14年)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/03/s0318-15.html